端午の節句、何をすればいい?

2021年03月12日

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〇初節句とは? まずは節句の意味からお話しましょう

赤ちゃんが生まれて初めて迎えるお節句を「初節句」といいます。女の子は3月3日の桃の節句に、男の子は5月5日の端午の節句に、それぞれ「初節句」を祝います。赤ちゃんの誕生を喜び、健やかな成長と無病息災を祈る行事が「初節句」です。

節句の「節」は季節の変わり目となる日のこと。古代中国の陰陽五行(いんようごぎょう)思想では、月日に陽数である奇数が重なる日を陽が極まり陰が生じる邪気の多い日と考え、邪気を祓う行事をおこないました。この風習が奈良時代の日本に伝わると、宮廷では「節会(せちえ)」と呼ばれる邪気祓いの宴会が盛大に催されるようになりました。3月3日の桃の節句も5月5日の端午の節句も、もとは中国伝来の厄除け祈願の日だったというわけです。

 

江戸時代になると、幕府は「五節句」を定めて祝日としました。五節句とは、1月7日の「人日(じんじつ)」、3月3日の「上巳(じょうし)」、5月5日の「端午」、7月7日の「七夕」、9月9日の「重陽(ちょうよう)」の節句こと。1月だけは1日(元旦)を別格に扱い、7日としました。五節句には、生命力の強い季節の植物の力で邪気を祓う中国の風習に従い、日本でもゆかりの植物を食べたり飾ったりしたことから「七草の節句」「桃の節句」「菖蒲の節句」「笹の節句」「菊の節句」と呼ばれました。長く貴族の間で続けられてきた節句行事は、江戸幕府公認になったことで一気に公家から武家へ、そして町人へと広まり、やがて日本全国に定着。明治時代に五節句が廃止になったあとも、季節を楽しむ年中行事として今日まで残っているのです。

 

江戸時代に制定された五節句

名称 日付 別称 邪気を払う植物・行事食
人日(じんじつ) 1月7日 七草の節句 七草 … 七草がゆ
上巳(じょうし/じょうみ) 3月3日 桃の節句/雛まつり 桃・よもぎ … 桃花酒・白酒・草餅
端午(たんご) 5月5日 菖蒲の節句 菖蒲・よもぎ … ちまき・柏餅
七夕(たなばた/しちせき) 7月7日 笹の節句/星まつり 笹・瓜 … 索餅(さくべい)・そうめん
重陽(ちょうよう) 9月9日 菊の節句 菊 … 菊酒

 

〇男の子の初節句には五月人形を飾り、鯉のぼりを揚げます

生まれて初めて迎える初節句は、生まれたばかりの赤ちゃんに邪気を寄せ付けず健やかな成長を祈る行事です。女の子の初節句には雛人形を飾るように、男の子の初節句には鎧や兜、大将飾りといった五月人形を飾ります。また、玄関先や庭、ベランダなどに鯉のぼりや幟旗を立てたりします。屋内に飾る五月人形を「内飾り」、屋外に飾る鯉のぼりや幟旗を「外飾り」と呼びます。

 

端午の「端」は「はじめ」という意味。「端午」はもともと5月の最初の午(うま)の日をさしました。やがて「午」の読みが「五」と同じであることから、5月5日が端午の節句として定着していったといいます。奈良・平安の宮廷では、中国の慣習にならい、この季節の旬の植物である菖蒲の葉を軒にさしたりお酒に浸して飲んだりして、その強い香りで邪気を祓い無病息災を願いました。

武士が台頭する鎌倉・室町時代になると、「菖蒲(しょうぶ)」の音が “武を尊ぶ” という意味の「尚武(しょうぶ)」と同じであることから、尚武の気風が強い武士たちの間で重要な行事となっていきました。尚武を祝い厄除けを祈願する行事は、家の後継者となる男児の誕生や成長の祝儀とも結びついていったのです。こうして端午の節句は、男の子の健やかな成長を祈るとともに、一族繁栄を願う行事へと変わっていきました。

江戸時代になると幕府は「五節句」を式日と定め、端午の節句は重要な公式行事の日となりました。大名たちはこの日、江戸城に出仕して祝うほか、先祖伝来の鎧兜や武具は災いを寄せ付けない厄除けとして、家紋の入った幟旗とともに家の門口に飾るようになります。

武士に憧れた江戸の町人たちはこれをまねて紙で作った鎧兜を飾り、桃の節句と対になる男の子の節句行事として広く普及していきました。江戸時代の中頃には武者人形なども登場し、室内に飾る五月人形として新たな発展を遂げます。幟旗にも武者絵や出世登竜門にかけた竜の絵など勇壮で縁起の良いモチーフを描かれるようになり、ついには立身出世のシンボルであった “鯉の滝登り” を立体化した鯉のぼりが登場するのです。

〇端午の節句にちまきや柏餅を食べるのはなぜ?

初節句には家族や親戚が集まり、赤ちゃんを囲んでお祝いの食事会をするご家庭も多いことでしょう。「節句」は「節供」とも表記されるように、邪気を祓う食べ物を神にお供えし、これを下げてみんなで分け合い食べることで、家族や近しい人々の無病息災を願うという意味がありました。

桃の節句にも行事食と呼ばれる食べ物があったように、端午の節句にも縁起のよい食べ物があります。筆頭にあがるのは、柏の葉でお餅をくるんだ柏餅でしょう。柏の木は冬を越え次の新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「家系が絶えない」=子孫繁栄のシンボルでした。ただし、関西ではちまきのほうがメジャーかもしれません。柏餅が食べられるようになったのは江戸時代からのことで、ちまきは魔除けの食べ物として端午の節句とともに奈良時代、中国から伝わりました。伝統を重んじる西日本では、歴史の浅い柏餅よりちまきが定着しているのかもしれませんね。

端午の節句の祝膳として、よく作られる料理もあります。この頃旬を迎えるタケノコは、「真っすぐスクスク育つ」ことから、炊き込みご飯や土佐煮にされることが多いようです。立身出世を願い、出世魚であるブリやスズキの魚料理も定番メニューです。また、カツオは「勝男」のにつながるとして縁起のよい魚とされました。彩りのよいちらし寿司は、「腰が曲がるまで長生きする」といわれるエビや「先が見通せる」レンコンなど、家族の願いをいっぱい込めていただきましょう。近頃では鯉のぼりや兜をかたどったインスタ映えするお寿司やケーキも人気です。

初節句には、ぜひ縁起の良い料理を並べて、家族みんなで盛大にお祝いしてあげましょう。

 

〇生まれて間もない男の子の初節句は翌年に回してもOK!

ところで、生まれて間もない男の子の初節句は、どうすればよいでしょうか。

生まれたばかりの赤ちゃんは頼りなく、産後間もないママも大変な時期です。生後1カ月の初宮参りや生後100日のお食い初めなど、赤ちゃんの成長を祝う行事も次々とやってきます。そんななか、五月人形を用意したり、祝いの席を設けたりするのは、母子ともに負担が大きく大変です。思い切って初節句を翌年に延ばしてしまいましょう。

今はあまり言われなくなりましたが、赤ちゃんが生まれてからのお祝いは「お宮参り→初正月→初節句」の順でおこなうのが習わしでした。「初正月」は最近では聞きなれない言葉になりましたが、かつては赤ちゃんが初めて迎えるお正月には、男の子は破魔弓(魔を破る)を、女の子は羽子板(魔をはねのける)を飾り無病息災の願いをこめて盛大に祝いました。昔ながらの考え方をするならば、「初節句」は「初正月」のあと。年が明けてから生まれた赤ちゃんは、翌年に初正月を迎えたあと初節句をおこなえばいい、ということになります。生まれたばかりの赤ちゃんや産後間もないママの体調を考えても、初節句を先送りするのはとても理にかなっているといえますね。

とはいっても、1~2月生まれの赤ちゃんならば、端午の節句まで少し余裕があります。五月人形を選ぶ時間も十分ありますから、いまでは初正月を待たずに初節句をおこなう人がほとんどのようです。地域によっては昔からの習いに従う場所もありますから、念のため周りに確認してみましょう。

3~4月生まれの赤ちゃんは無理をせずに、生まれてすぐの端午の節句は親子でゆっくり過ごす大切なときと考え、翌年の初節句に向けてゆっくり準備を進めましょう。五月人形選びも最近ではスタートが早まってきて、一年も前からリサーチを始める方がいらっしゃいます。百貨店では3月に雛人形の催事が終わってからようやく五月人形の販売が始まりますが、ひととえの工房には新しいカタログをお配りする秋からお問い合わせが増えてきます。職人による手づくりの五月人形は生産数も限られており、在庫がなくなる前に気に入ったものを準備しようということのようです。人形工房ひととえでは、11月からオンラインショップで新商品のご案内をスタートしますので、ぜひこちらものぞいてみてください。