立雛は座っている雛人形と何が違うの?

2020年09月29日

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〇雛人形の原型は男女一対の立雛スタイルでした

お雛さまと聞いて、皆さんはどのような人形を思い描きますか? 赤毛せんの上に平安装束の男雛と女雛が仲良く座った姿を思い出す方がほとんどではないでしょうか?
ところが、お雛さまがこうしたスタイルになったのは江戸時代からのこと。千年以上続く雛人形の歴史のなかでは、比較的新しいスタイルといってもよいでしょう。では、それまでの雛人形はというと、立っている姿の「立雛」だったのです。

雛人形の起源は、1000年以上もさかのぼる奈良・平安時代から上巳(じょうし)の節句におこなわれていた「流し雛」。人形(ひとがた)に自分の穢れや災いを移し、川や海に流してお祓いをする行事で使われた簡素な人形が、雛人形のルーツといわれています。
同じ頃、平安貴族のお姫さまたちの間では、紙や草木で作った人形でままごと遊びをする「ひいな遊び」が流行していました。これもまた雛人形の原型と考えられていて、いつしか「流し雛」の人形(ひとがた)と「ひいな遊び」の人形が融合したと考えられています。

初期のお雛さまは紙や端切れ布でつくられた簡素なものでしたが、室町時代には流さずに大切に飾って楽しむ一対の雛人形へと進化し、江戸時代には空前のお雛さまブームが巻き起こります。作りもしっかりとして、衣裳にも手が込み、豪華な雛人形がつくられるようになりました。人形(ひとがた)から進化したお雛さまは最初立ち姿でしたが、江戸時代中期~後期にかけて座っている姿が主流に。三人官女や五人囃子といった従者を従えるようになったのも、この頃です。現代では座り雛が一般的ですが、じつは立雛のほうが歴史が古いんですね。

〇シンプル・コンパクト・格式高い立雛の人気が高まっています

天皇皇后の結婚式の場面を写し取ったお雛さま。宮中の豊かな暮らしに憧れた人々は、たくさんのお道具と大勢の従者を付け加え、江戸中・後期から昭和くらいまで雛飾りはどんどん充実していきました。しかし、戦後復興後の豊かな暮らしのなかで、日本では核家族が急激に進み、若い世代の住宅事情やライフスタイルから、コンパクトなお雛さまが好まれるようになってきました。そこでいま、ふたたび脚光を浴びているのが立雛です。

立雛の魅力は、なんといってもシンプルかつコンパクトであること。立雛は古い時代のお雛さまの姿ですので、基本的にお道具が付かない男雛と女雛のみのシンプルな親王飾となっています。立ち姿であるため、座り雛に対して間口が小さいだけでなく、三宝や桜橘・雪洞といったお道具を飾るスペースをとらないため、コンパクトに飾ることができます。お道具がない分、しまう手間も少なく、収納時も省スペース。現代の住宅事情やライフスタイルにかなった雛人形なのです。

歴史が古い「はじまりのお雛さま」であることも、人気の理由です。雛人形に詳しい人のなかには、格式高い立雛に魅せられた愛好家がたくさんいらっしゃいます。お道具がない分、雛人形そのものの美しさが引き立ち、インテリアとしても季節を問わず一年中お楽しみいただけます。立ち姿であるため、全身の衣裳が見えてファッショナブルであるということも魅力。座り雛は袴部分のつくりが簡略化されていますが、立雛は衣裳が足元までよく見え、しっかりと作り込まれています。屏風も縦に細長い高屏風を立てるため、スマートでスタイリッシュな雛飾りなのです。
大人の女性が心のよりどころとして自分のために雛人形を飾ることも増えたいま、おしゃれで気品ただよう立雛は「大人のお雛さま」としても受け入れやすい雛人形ではないでしょうか。

〇皇室の伝統衣装をまとう「ひととえ」の立雛

立雛には衣裳着人形と木目込人形がありますが、一般的に木目込人形のほうが多いようです。衣裳着人形は、華麗な衣装を着せ付けた人形で、江戸時代の初めに京都で発祥し、のちに江戸に招かれた人形師によって広まったといわれています。一方、木目込人形は桐塑(とうそ:桐の粉に糊を混ぜて練ったもの)で作ったボディに溝を彫り、布地を「木目込む」技法でつくる人形で、江戸中期に上賀茂神社の神官によって考案されたと伝えられています。いま流通している雛人形全体では衣裳着人形のほうが多いですが、立雛に関しては木目込人形が多いようです。

人形工房ひととえでも、木目込人形の立雛をおつくりしています。束帯(そくたい)の男雛と十二単(じゅうにひとえ)の女雛の立ち姿は、凛として厳かな雰囲気がありますね。
衣裳には、皇室の伝統衣裳にならった色や文様を採用したものがあります。たとえば、古来天皇のみ着用が許された「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」は、真夏の太陽を象徴しているという赤みがかった黄色、または黄みがかった茶色の衣裳。織り出された桐竹鳳凰文(きりたけほうおうもん)は皇室ゆかりの格式高い文様です。天皇がふだん着用していたという「麹塵(きくじん)」に似た緑色、平安時代には高貴な色とされた紫色の袍にも、同じく桐竹鳳凰文を小さなひととえサイズで織り出しました。このときの女雛の衣裳は、唐衣(からぎぬ)・五衣(いつつぎぬ)・裳(も)を付けたいわゆる「十二単」の正装です。髪も「おすべらかし」という日本古来の髪型になっています。

2019年の令和天皇「即位の礼」では、平安絵巻さながらの古式衣裳に身を包んだ皇族が一堂に会し、厳かな儀式が執り行われました。日本の伝統衣装の気品あふれる美しさに、世界中の人々が目を奪われました。
人形工房ひととえではこれを記念し、「即位の礼」で天皇皇后両陛下がお召しになった衣裳を模して、立雛の新作「令」を発表。2021年シーズンから一般販売をスタートします。男雛は天皇陛下がお召しになった「黄櫨染御袍」、女雛は雅子皇后陛下がお召しになった白に萌黄色で「向かい鶴」を織り出した唐衣となっています。令和元年に生まれたお嬢様に、令和天皇即位の衣裳をまとったお雛さまはいかがでしょうか。

初節句に立雛はふさわしくないという間違った情報もあるようですが、ご心配はいりません。座り雛に比べて製作数が少ないため珍しいと思われる立雛ですが、雛人形の原型に近い最も歴史の長いスタイルのお雛さまです。むしろ古式ゆかしい立雛は、初節句にふさわしい雛人形と考えることもできます。姉妹がいるご家庭では、最初のお子さんにお道具の付いた座り雛を、二人目以降の妹さんたちにはそれぞれシンプルな立雛をご用意されるご家庭もあります。人とは少し違ったスタイルの雛人形をお探しの方にも、ぜひおすすめしたいお雛さまです。